アメリカの名門音楽大学であるジュリアード音楽院で教鞭を執るNoa Kageyama氏は、最も効率を高める練習法を提唱しています。
バイオリニストでもあるNoa Kageyama氏の練習法とは、どのようなものでしょうか?
この記事ではNoa Kageyama氏の語るエッセンスを日本語訳しお伝えします。
Contents
名門音楽大学教授が薦める練習法
「学問に王道なし」と言われますが、これは学問に限らず仕事でもスポーツでも同じこと。ただ目標を達成するのに近道はない一方、練習法を間違えれば遠回りになるでしょう。
勉学、プログラミング、楽器の練習など、私たちはさまざまな練習に多くの時間を使いますが、正しい練習方法を知っていれば、より効率良く、効果的に上達できるはずです。
私は2歳のときからバイオリンを弾き始めましたが、常に思い浮かぶ疑問がありました。それは「1日何時間練習したら十分なのか」ということです。
偉大な音楽家の答え
「1日何時間練習したら十分なのか」という疑問に対する答えを探すため、私は偉大な音楽家たちの文献を読みあさりました。
20世紀を代表するピアニストであるルービンシュタインは、インタビューの中で「誰でも1日4時間以上練習する必要はないはずだ」と述べています。ルービンシュタインは、もしそれだけの練習時間が必要なら、練習方法に問題があるだけだと語ったそうです。
バイオリニストの巨匠ミルシタインは教師のアウアーに「1日に何時間練習したらいいか」と聞きました。その質問に対しアウアーは「頭を使って練習するなら1時間半だけでいい」と答えたそうです。
「バイオリニストの王」と称されたハイフェッツでさえ、「過剰な練習は練習が足りないのと同じくらい悪いことだ」と言ったそうです。ハイフェッツは1日平均3時間程度しか練習しておらず、日曜日には全く練習しなかったそうです。
偉大な音楽家たちを見るかぎり、1日4時間練習すれば十分なようにも思えます。次に、心理学者であるK. Anders Ericsson博士の研究結果について見てみましょう。
心理学者の答え
心理学者のEricsson博士は、「人間が能力を高める方法」というテーマにおける世界的権威と呼べる人物でしょう。
Ericsson博士の研究はいわゆる「1万時間の法則」のベースになっているものです。1万時間の法則とは「どんな分野の能力でも、達人レベルまで達するためには10年もしくは1万時間の計画的訓練が必要だ」という仮説です。
ちなみに、私は音楽家として国際的評価を得られるレベルになるまでには15~25年の鍛錬が必要だと考えています。
長い時間ですが、注目するべきポイントは「計画的訓練」という言葉です。
計画的訓練とは高度な技術の習得を目指すために行う練習であり、単なる繰り返し練習などとは区別して考える必要があります。
繰り返し型練習の種類
あなたは音楽家が練習しているところを見たことがあるでしょうか? ほとんどの練習は以下の3つに分けられます。
練習回数更新型
練習回数更新型は単純に同じことの繰り返しです。
例としてはテニスのサーブ、ピアノの小節、プレゼンテーションの予行演習などといったもの。一見熱心に練習しているように見えますが、そのほとんどは何も考えずに同じ動作を繰り返すだけです。
自動運転型
自動運転型は1セットの動作を自然にできるようになるまで繰り返す練習のこと。
営業トークのフレーズを3セット通して練習する、ゴルフコースを一周するなど、一通りの動作を行います。
ハイブリッド型
上記2つを組み合わせたものがハイブリッド型です。
私にとって練習とは「気に入らない音がなくなるまで演奏し続けること」でした。気に入らない音を見つけたらすぐに演奏を止めて、その部分を繰り返し演奏します。
気に入らない音がしなくなれば演奏を再開し、また気に入らない音が聞こえたら止める。その繰り返しです。
ただ残念ながら、上記のような「繰り返すだけの練習」には問題点が3つあります。
繰り返し型練習の問題点3つ
時間が無駄になる可能性が高い
ただ繰り返すだけの練習は「建設的な学び」にはなりません。そのままでは「何時間・何日・何週間も続けても上達しない」という状態になってしまうでしょう。
さらに問題なのは気づかぬうちに「悪いクセ」を覚えてしまい、練習自体がマイナス効果を生んでしまうこと。またその「悪いクセ」を取り除くのに、さらに多くの練習時間がかかります。
自信を持つ妨げになる
繰り返し型の練習は自信を持つ妨げにもなります。なぜなら、繰り返しでは「完成イメージ」を持たずに練習していることが多く、もし上手く演奏できたとしても、心の奥には不安が残ります。
しかも厄介なことに、この不安は本番で現れてしまうのです。本番で自信を得るためには、以下の3つの状態を作っておく必要があります。
- 継続的な成功体験があること
- 偶然できるのではなく、いつでもできる状態であること
- なぜ成功できたかわかっていること
練習が単なる作業になってしまう
多くの場合、繰り返し型練習はつまらないものです。あなたも家族や先生に「これを10回練習しなさい」とか「あれを2時間やりなさい」などと言われた経験があると思います。
しかしよく考えてみれば、練習時間が多くても成功するとは限りません。必要なのは「練習時間に基づいた目標」ではなく「結果に基づいた目標」なのです。
つまり、「○○を3時間練習する」という目標ではなく「納得いく音が鳴るまで練習する」という目標を立てることが大切です。
目指すべき練習とは「頭を使う練習」
繰り返し型練習がNGなら、どのような練習を行えばいいのでしょうか?
答えはズバリ「頭を使う練習」です。頭を使う練習とは、科学的なアプローチを使った練習方法のこと。繰り返し型練習のようにやみくもに行うのではなく、問題の定義、仮説の組み立て、検証などの「科学的思考プロセス」を通して練習することです。
通常、この科学的練習には長い時間がかかります。また細部の練習に時間をかけることになるでしょう。音楽家であれば、曲の最初の音に細心の注意を払い、イメージしたままの音が再現できるまで練習を重ねるはずです。
頭を使う練習は科学的なので、「客観性」も重要な要素です。したがって、自分のパフォーマンスを録画・録音して、継続的に改善点を探っていくことも重要になってきます。
自分自身を鋭い目で観察して、どんなミスがあったのか、何が良かったのかなどを探してみましょう。例えば気にしている部分の音は高すぎたのか、低すぎたのか、大きすぎたのか、小さすぎたのか、長すぎたのか、短すぎたのか…。
音が「少し高く、長かった」なら、その程度はどのくらいでしたか? 自分の中にあるイメージとどれくらい違う音でしたか?
大変な練習法ですが、このように抜け目なく自問していくのが理想的です。
まとめると、何が問題なのかを把握し、なぜ起こったかを調べて、どう改善できるかを考える。簡単そうに聞こえるかもしれませんが、頭を使う練習法を理解するのに私は何年もかかりました。
ただ、これは23年間のバイオリン練習の中で最も価値のある「学び」だったと思います。私が現役バイオリニストを引退した後、新しいスキルを習得するときも、この学びは十分生かされることになりました。
重要なのは、練習にかけた時間の長さではなく、どのように練習をしたかということなのです。最後に、私が若い頃の自分に送りたいアドバイスを6つ紹介します。
- 問題を定義する(結果はどうだったか、それをどう変えたいか)
- 問題を分析する(何がその結果を引き起こしているか)
- 解決案を出す(何をしたら、結果を改善できるか)
- 解決案を検証して、効果のある案を選ぶ(どれが最も効果があるか)
- 選ばれた解決策を実行する(練習して変化が持続するようにする)
- 効果の確認をする(望んだ結果が得られ続けているか)
上記のアドバイスは音楽だけでなく、他のどんな分野でもスキルアップにも使えます。人生は短く、時間は貴重なもの。
スキルアップのために練習するなら、正しい方法で効率的に行いましょう。
出典:The Most Valuable Lesson I Learned from Playing the Violin